こんにちは。
シンガポールの出張ピアノ教室
fairy wish creation 講師の
塚越 則子(つかごし のりこ)です。
当ピアノ教室は、シンガポールで最も長い指導歴を持つ日本人のピアノの先生が主宰している、出張専門のピアノ教室です。
1992年来星。シンガポールPR(永住権)保有者。
シンガポールは日本とピアノ教室の事情が異なり、法律により、講師の自宅でお教室を開講することは認められていません。
当ピアノ教室は、シンガポール政府の定めた法律を遵守した、講師が生徒さんのお宅に出向いてレッスンを行う、出張ピアノ教室です。
Q&Aシリーズ⑩
講師 塚越 則子(つかごし のりこ)は、ヤマハ認定グレードにおいて、ピアノ、エレクトーンの演奏、指導共に最高位のグレードを保持する指導者であり、鍵盤楽器演奏のエキスパートです。
今日は、昨日に引き続き、シリーズ2日目です。
シンガポール⇄日本。空で繋がっている!ANA格納庫演奏〜葉加瀬氏とチーム羽田オーケストラによる「Another Sky」①
2日目の今日は、私の「Anoher Sky」にまつわる、音楽エピソードをお話したいと思います。
「かまってちゃん」VS「ほっておいてちゃん」??。
突然ですが、皆さんは、「かまってちゃん」ですか? それとも「ほっておいてちゃん」ですか?
私は後者の方です。
自分の悩みを軽い世間話のような感覚で誰かに話したり、愚痴を言うことを普段から好みません。
心の内に秘めて、耐え忍ぶことを一種の美学のように感じてしまうのは、辛抱強かった母の背中を見て育ってきた影響もあるかもしれませんね。
北陸の雪国で生まれ育った母は、甘えるのがヘタな、真っ直ぐで不器用な性格。
最後まで辛さを打ち明けることもなく、周りの人にきちんとお礼を言って「私は幸せでした」と言葉を残して、闘病の末、68歳の若さで空へ旅立ってしまいました。大腸がんでした。
誰かに自分のマイナスな感情を吐き出せば、その一瞬はスッと軽くなるかもしれないけど、だからと言って問題自体が解決するわけではありません。
自分は楽になるかもしれないけれど、何より相手の心に影を落とし、場の雰囲気に、よくない影響を与えることになります。
自分が知らないだけで、相手は同じように、いいえ、もっと深刻な悩みを心のうちに抱えているかもしれません。
そんな風に思うと、私は、どんなに親しくても不用心に自分の悩みなどを軽々しくしく吐露することには、ためらいがあります。
とはいえ、女性同士の集まりでは、楽しくお食事するつもりが、残念なことに「愚痴の言い合い大会」「悪口まつり」のようになることもありますよね。。。
親しい間柄の人から、「ちょっと聞いてもらいたいことがあるけれどいい?」といった「お知らせ」が、あらかじめあれば、その心づもりで気持ちの準備をして、「自分ができることがあれば喜んで」、となりますが、グループでの集まりでは、会話があちこちに飛んで、思わぬ方向に進むことは、よくありがちです。
そんな時、みんながみんな、同じようなテンションで気持ちよくパァ〜っとストレスを発散できて、同じノリで賑やかに、面白おかしく盛り上がることができたら良いのでしょうけれど、決してそうではないことは、きっと誰しも経験がおありのことでしょう。
大勢が集まれば、一人一人の反応は様々。感情の流れや受け止め方の度合いも、みんな違います。
私が軽はずみにランチのお誘いに乗らないのは、それが大きな理由です。
突然、予期していない重たい話を聞いたり、深刻な悩みの相談を受けて、その後に控えている仕事に影響が及ぶのを避けたいからです。
どんなに気持ちを切り替えても、ネガティブな会話は、やはり「残像」のように「心のしこり」を残すと私は思います。子ども達は、とても敏感ですから、いつもと違う様子を、私のふとした様子から、きっと鋭く察知するでしょう。
どうしたのかな? あれ? 則子せんせー、いつもとなんだか違うみたい?
そんな疑問や不安を、もし少しでもレッスンで生徒さん達に感じさせてしまったら、ピアノ指導者として失格です。
だからと言って、仕事への差し障りを避けるために、深刻な話を表面だけで受けて、気持ちをセーブしたまま割り切って楽観的なアドバイスに徹し、軽く流すのは、お相手に対して、とても失礼です。信頼しているからこそ、勇気を振り絞って、心のうちをさらけ出してくれるのだと思うからです。
そんな理由から私は、この10年あまり、お食事の約束は、平日のランチではなく、ディナーと決めて、それを「プロとしてのたしなみ」の一つとして、自分に課した生活をしています。
【シンガポール歴29年】ピアノの先生が実践している、最強のメンタルマネージメント
相手が求めていることを提供できることが、サービスの「プロフェッショナル」。
よほどのことがない限り、心の憂いを見せることは滅多にない私ですが、母が、いよいよもう、、、との報せを受けて、その日に最速で確保できるフライトで、すぐに日本に向かうためにチャンギへ急ぎ、最終便のANAに搭乗した後は、周りの目があることがわかっていても、流れる涙を止めることが、どうしてもできませんでした。
機内に入り、通路側の自分の席に座ってからは、機内誌を見て気を紛らわせようとしてもうまくいかないことがわかると、ひたすらずっと俯いて、動かずにいました。
明かりが消えてからは、顔は見えないだろうと正面を向きましたが、心を落ち着けようと目を閉じても溢れる涙が一向に止まりません。
それでも泣いていることを悟られたくないと、流れる涙を拭わずにいたら、どうやら知らないうちに眠っていたようです。
目が覚めたのは、朝陽が顔に当たったからなのか、気圧の変化を感じたからなのか、全く覚えていませんが、うっすらと目を開けると、絶妙なタイミングで、私の右肘の辺りから、聞こえるか、聞こえないかの声がしたことは鮮明に覚えています。
「お客さま、お目覚めでしょうか?」
その時私は返事をしたのかどうか。。。
続いて声がしました。
「大変申し訳ありません。もうお食事の準備はできないのですけれど、冷たいお飲み物をお持ちすることはできますが、いかがいたしましょうか?」
私は
「お水をいただけますか?」
と、小さく鼻声で答えました。
運ばれてきた一杯の冷たいお水が、身体の隅々まで染み渡るように、とても美味しかったことを覚えています。そして少しずつ目が覚めていくうちに気がついたのです。
CAさんは、私をずっとそっとしておいてくれた。だけど放っておいたのではなく、静かに見守ってくれていた。
やがて「プロフェッショナル」だからこそできた、一つ一つの「本物のサービス」が理解できたのです。
◉思えば、このフライトで、CAさんの存在を「意識」したのは(声をかけられたのは)、搭乗してこの時が初めてだったこと
◉正面からではなく、後ろから私の隣に静かに寄り、かがみ込んで話しかけてくれたこと
◉程よい声の大きさ、トーンで話しかけてくれたこと
◉食事を出せないのは私が眠っていたせいなのに、それには一切触れず「大変申し訳ありません」と最初に加えたこと
「してあげている」は自己満足でしかありません。
欲しいものを提供しなければ、反対に相手にとって不快だったり居心地の悪さを感じさせてしまうことになり、かえって逆効果のこともあるでしょう。
相手の立場に立って、相手の欲しいものを提供することはサービスの基本ですが、最高のサービスマナーを持っている人は、プロでもそう多くないと私は感じています。
そんな中で、このCAさんの、「一流のプロフェッショナル」だけが提供できる「本物の仕事ぶり」は、その後に待っている「苛酷な現実」に立ち向かうために腹をくくる決意を固めようとする私を、まるでそっと優しく後押ししてくれるかのような不思議な威力がありました。
ちょうど頭上では「Another Sky」が薄く流れ始めていました。「Another Sky」が私にとって特別な光を放つ一曲になった瞬間です。
CAさんとピアノ指導者に共通の「プロフェッショナル」。
成田に到着し、横浜に戻ってからの毎日は、いつもの一時帰国とは全く様相が違っていました。
それまで楽しい一時帰国しか経験のなかった私は、この時のフライトで、いろいろな思いを胸に秘めて飛行機に乗っている人たちがいることを知り、初めて誰にも日本に到着の知らせを伝えることなく、誰も出迎えてくれることのない「ただいま」を経験しました。
シンガポールを発つとき、母と過ごせる最後の時間に自分の全てを捧げるつもりで、1年間のオープンチケットを取り、生徒さん達と保護者の方達には事情を説明し
もし良い出会いがあれば、新しい先生とピアノを続けてください
と伝えていました。苦渋の決断でしたが、母の命がかかっているとはいえ、自分のプライベートな都合でレッスンに穴を開けて、生徒さん達に迷惑をかけるわけにはいきません。胸が張り裂けそうでしたが、生徒さん達のためを思えば当然のこと。
混乱の中で、いくら上手く対処しようとしても、生徒さんの側に立った素晴らしい妙案が浮かぶはずがありません。
そんな状況なのに、自分のそばに引き止めておくことは、大切な生徒さんたちを自分の問題に巻き込むことを意味していると、プロならば、自分の身に置き換えてみるまでもなく、絶対にわかること。
それを承知の上で尚、現状を維持しようと無理を押し切り、場当たり的な対応をすることは、生徒さんを思いやっていることにはならず、単なる身勝手な行動にほかなりません。
プロとして潔く別れを覚悟しましたが、3ヶ月が経ち、シンガポールに戻った私を、全ての生徒さん達が待ってくれていて、レッスンの再開を楽しみに待っていたと知った時の、震えるような感動は一生忘れることができません。
2007年9月のこと。まだスマホの普及していない時代です。
しかし、言葉にできないほどの深い感謝を胸に、心新たに指導に邁進するべく張り切ってみても、母を空に見送ったあと、まるで身体の一部を失ったような「痛み」は、しばらくの間、どう頑張っても克服することができませんでした。
心にポッカリあいた穴はどうしても埋めることができずに、レッスンの間は気が張って元気でいることができても、その反動からか、行き帰りの移動の時には、気がつくといつも涙が目尻に溜まり、視界がぼやけてしまい、身体に力が入らないのでした。
【ママからのご質問②】ピアノをやめたいと思ったことありますか?
しかし、そんな情けない私に「プロフェッショナル」として毅然と生きることを、いつも思い出させてくれたのは、あのCAさんの存在であり、心が浮き立つような躍動感に満ちた「Another Sky」のメロディです。
CAさんは、お客様の命を預かっています。
私は、ピアノ指導者として、子どもたちの「音楽の命」を預かっています。
私たちは、全く違うフィールドで仕事をしているけれど、お互いに別の形ではあるけれど「命を扱うプロフェッショナル」であるということに変わりはありません。
そして、私達は、いつだって空で一つにつながっているのです!
いま、世界がこのような状況になって、私の耳に聴こえる「Another Sky」は、よりパワーを増したように感じています。
それぞれの持ち場で
それぞれの立場で
今できる事を頑張ろう
自由な空の行き来が再開したとき、機内で「Another Sky」を聴いて、きっと私はまた泣いてしまうと思うけれど、その時流すのは、あの時とは違う、清々しい「勝利」と「希望」の涙です。
今回の葉加瀬太郎さんとANAチーム羽田オーケストラのコラボレーション演奏の「Another Sky」のYouTube動画に、元CAの方が
「Another Sky」を聴くと「さぁ〜今からお客様のご搭乗だわ」と今でもスイッチが入ります
とコメントを寄せておられるのを目にしました。
「私はシンガポールに住んでいる、ピアノ指導者だけれど、あなた方と同じように「Another Sky」を聴いて、仕事にスイッチが入る1人であり、あなた方のプロフェッショナルマインドで、力を与えていただいた1人なのですよ」
そんなエピソードを話しながら、感謝の思いを、じかに伝えることができたなら、どんなに素敵でしょう。
空を見上げながら、そんな夢に思いを馳せて、心を踊らせている、則子せんせーです。
昨日のブログ記事に、早速、生徒さんのお母さんのお一人から、こんなご感想をいただきました。
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「私はとても久しぶりにAnother Skyを聴いて、なにか懐かしく心が落ち着く気持ちなりました。まさかこんな感覚になるとは思っていなかったので、不思議でした」
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ANAチーム羽田オーケストラのみなさん!みなさんの熱意は音にしっかりと宿って、真っ直ぐ空を飛び、シンガポールの私達の心にもちゃんと届いていますよ!
試練の時が続いていますが、自分達の持ち場で、お互いのプロフェッショナルマインドを発揮して、これからも共に頑張っていきましょうね。