こんにちは。
シンガポールの出張ピアノ教室
fairy wish creation 講師の
塚越 則子(つかごし のりこ)です。
1992年来星。シンガポールPR(永住権)保有者。
シンガポールで1番長い指導歴の、日本人のピアノの先生です。
シンガポールは日本とピアノ教室の事情が異なり、法律により、講師の自宅でお教室を開講することは認められていません。
当ピアノ教室は、シンガポール政府の定めた法律を遵守した、講師が生徒さんのお宅に出向いてレッスンを行う、出張ピアノ教室です。
Q&Aシリーズ⑩
先生のお宅でのレッスンはありますか?
講師 塚越 則子(つかごし のりこ)は、ヤマハ認定グレードにおいて、ピアノ、エレクトーンの演奏、指導共に最高位のグレードを保持する指導者であり、鍵盤楽器演奏のエキスパートです。
今日は本題に入る前に、シンガポールでのタクシー利用の際の豆知識を一つ。
シンガポールはおととい、昨日と、午後から激しい雷雨になりましたね。子供達は春休みに入ってお出かけ中だった方もおられると思いますが、濡れませんでしたか?
私は、おとといはリバーバレー周辺とティオンバルで8人、昨日はウェストコースト→ホーランドビレッジ→ファラーロード周辺で7人の出張レッスンでした。
ちょうどレッスンが始まる時間帯からのお天気の崩れだったため、移動に支障がでてしまったら大変!と、空一面に広がる厚く黒い雨雲を見上げながらヤキモキしていましたが
ラッキーなことに大幅な遅れを出すこともなく、1日を無事に終えることができて一安心でした。
私は、iphoneにお天気アプリをインストールしているため、スコールの到来を前もって知り、予測して対策を講じることができますが、やはり雨になると、いつも以上に移動に気を使い、緊張します。
シンガポールの出張ピアノレッスンでは、悪天候になった途端、レッスン間の移動が困難になるのは宿命とも言えますが
タクシーでの移動時間は、工夫次第で短縮できるので、その対処の仕方を知っているのと知らないのとでは、時間の使い方に大きな違いが出ます。
日本と異なり、シンガポールは一方通行も多く、信号の待ち時間も大きく違うので、どのルートを使うかは移動時間に大きく影響してきます。
急いでいる時は特に、タクシーに乗車した時、ドライバーさんに行き先を告げるのとワンセットで、その都度細かく、どの道を使うのか、希望する経路を伝えるといいですよ。ナビを過信すると、思いがけない遠回りになることがよくあります。
私は常に、何通りかの行き方を頭に入れながら、その日の道路状況や今までの経験から、どのルートで移動するかを判断して、それをドライバーさんに伝えるようにしています。
シンガポールのタクシードライバーさんは、キャリアがバラバラで、転職したてのパートタイマーもいれば、ドライバー歴〇〇年を誇るベテランもいて「プロの度合い」がまちまちです。
♣︎仕事にしているのだから、きっと道に詳しいだろう(抜け道も知っているかも。。。)
♣︎1番近い道を、よくわかっているはず
と、日本の常識を当てはめても、シンガポールでは通用しません。
都合よく思い込んで、安易に委ねないことが、タクシー利用の時のトラブル回避の基本だと私は数多くの経験から学んでいるので、日頃から注意するようにしていますが、時にはうっかり失敗もあります。
先日は、即答しなければいけないメッセージに気を取られ、タクシーに乗車して行き先だけを伝えた後、返信に集中していて、しばらくしてからふと外を見て遠回りされていたことに初めて気がつきましたが、もう後の祭り。自業自得です。
取り返しのつかない距離ではなく、時間には余裕で間に合ったからよかったものの、大反省、自己嫌悪です。。。皆さんは、そのようなことがないように、どうぞ気をつけてくださいね。
さて、それでは、そろそろ本題へと入りましょう。
生徒さんのお母さんの素朴な疑問。感動の正体ってなに?
昨日のレッスンで、レッスンが終わったあと、ある1人の生徒さんのお母さんと、軽く雑談を交わしているとき「音楽の感動」についての話題になり
そもそも「感動ってなに?」と考えたとき、一つの話を思い出しました。今日は、それをご紹介しながら、「感動の正体」についての私の考えをお話ししたいと思います。
有名な画家、ピカソの逸話です。
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ある日、ピカソがマーケットを歩いていると、手に一枚の紙を持った見知らぬ女性がこう話しかけてきたそうです。
「ピカソさん、私あなたの大ファンなんです。この紙に一つ絵を描いてくれませんか?」
ピカソは彼女に微笑み、たった30秒ほどで小さいながらも美しい絵を描きました。そして、彼女へと手渡しこう続けます。
「この絵の価格は、100万ドルです」
女性は驚きました。
「ピカソさん、だってこの絵を描くのにたったの『30秒』しかかかっていないのですよ?」
ピカソは笑います。
「30年と30秒ですよ」
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この話は、芸術家ピカソのエピソードとして、また、アートの価値に対する人々の意識をあらわす話としてもよく語られているものの一つです。
確かにこの絵を描いた時間は30秒かもしれません。
しかし、そこに至るまでにピカソは何十年と技術を磨き続けてきています。
ピカソがサラッと描いた絵には、ピカソが幼い頃から「絵を書き続けてきた経験」という価値があるのです。
彼の能力は「時給」で測ることなんてできないでしょう。
どんなに短い時間であれ、どんな安価な素材を使っていたとしても、作品には、数十年と積み重ねてきた経験が宿っており、価値というのは、その人物がそこまで積み上げてきたものが含まれているのです。
画家にとどまらず、ミュージシャン、デザイナー、イラストレーター、コンサルタント、コピーライターなど、その成果が理解されにくい職業はいろいろありますが、ピカソの言わんとしていることは、何かを作るクリエイター全てに当てはまることです。
クリエイティブな作品を作業時間で測るほどナンセンスなことはありません。もちろん音楽も同じです。
「こんなところに?」という見えないところや、「ここにどうして?」と、一般的には理解し難いところにも、果てしないほどの魂と労力を注いで、作品の精度を高めるために、とことん「こだわり抜いて」います。それこそプロのプロたる所以です。
私は、この話をヒントにいろいろ考えていくうちに、私達が「感動」するときというのは、凝縮された「見えない時間」を感じるときなのではないか、というふうに思い至りました。
◉たとえばスポーツ。
私達が感動するそのシュートは、その4回転は、そのホームランは、そのトライは、そのパンチは、「一瞬」。
でもその「一瞬」を生むために、選手は途方もない「時間」を練習にささげているのです。
◉たとえばエンターテイメント。
私達が感動するその歌は、映画は、その演奏は、そのダンスは、そのフリースタイルラップのパンチラインは、その1枚のデザイン画は、その1冊は、アーティストたちが途方もない「時間」をかけて作り出したものなのです。
では、少し視点を変えて、日常生活に目を向けてみましょう
◉たとえば、ずっと会えていなかった人と再会したとき。
ずっと会えていなかったという「積み重ねられた時間」が、再会という「一瞬」に凝縮される。
そう考えてみると、「感動の正体」とは、「凝縮された時間」であり、実際に体験する「一瞬」の裏に秘められた、そこに到達するまでの「積み重ねられた果てしない時間」を感じ取ったとき、人は「感動」し、心揺さぶられていると言えるのではないでしょうか。
感動する「心の目を」を養うことが、没頭できる「何か」に出会えるきっかけになる。
何かで成功していると言われる人たちは、おそらく人一倍失敗をして、人一倍悩んだ経験を持っています。しかし一流になればなるほど、表立ってそれを見せたり、雄弁に語ることはありません。
そのため人はその苦労した努力を見ようとせず「あの人は、才能があるからいいよね」などと短絡的に片付けてしまいがちですが
アーティストの作品に触れる側の人たちが「人知れず努力した部分」とか「人知れず苦労した部分」にまで想像をふくらませ、目の前の作品の中に詰まった「見えない凝縮した時間」を「心の目」で見る感性があれば、目の前の作品が与えてくれる感動は、より深くなるのではないでしょうか。
「感動できる心の目」を持てるカギは、相手の優れたところに嫉妬したり、負け惜しみを言ったりせず、心から嘘偽りなく、まっすぐに認めることができる「素直さ」や「謙虚さ」を持つ「勇気」を出すことができるかにかかっていると私は思っています。
何かに打ち込む時、結果ももちろん大事だと思いますが、それよりももっと大切なのは、そこに至るまでのプロセスであり、そこに自分自身が納得できるかどうかだと思います。
人生において、自分自身で目標を立てて、納得できるまで何かに打ち込み、そこに全身全霊を捧げることができる時間を持つことができれば、それは周りの評価や結果とは関係なく、かけがえのない財産となり、一心に取り組む、そのひたむきな姿勢は、周りの人達の心を揺さぶる「感動」を呼ぶことでしょう。
没頭できる何かを見つけてほしい。
当ピアノ教室の保護者の方々が、お子さんへ託す願いとして、よくおっしゃる言葉です。
没頭し、続けることに喜びを感じられる人は強いです。
揺るぎない「幸せ」が人生にもたらされるからです。
これからの社会では、ますます、その力の重要性は増してくることでしょう。
ピアノの音は目で見ることはできませんが、心の目で見て、その音の感動を味わうことができます。音はその人をあわらしています。
当ピアノ教室のレッスンは、ピアノを学ぶことを通して音楽の力の恩恵を受けながら、未来をたくましく生きる人間力を養う、心と音楽のレッスンです。
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