こんにちは。
シンガポールの出張ピアノレッスン
塚越 則子(つかごし のりこ)です。
当ピアノ教室は、シンガポール政府の定めたお稽古ごとのお教室開校ガイドラインに沿った出張ピアノ教室です。
先週末、体験レッスンに伺った先で、お父様がショパン好きと知り、あ、Sさんと一緒だわ!と感じました。
パパもショパンを弾いています!/3歳と5歳の姉妹の体験レッスン
男性ピアノ愛好家にはショパン好きの方が多く、弾いてみたい曲を尋ねると、候補には必ずといっていいほどショパンの名前があがります。中でもロマンティックなワルツが人気があるようです。
Sさんも、そんなお一人でした。
初対面のとき、駐在員としてシンガポールに来られ、忙しいお仕事の合間に趣味として独学でピアノをたしなまれ、数年越しで憧れのショパンの曲に挑んでいる最中なのだと話してくださいました。
ピアノ経験は幼い頃の赤バイエルのみで、当時は練習が嫌でたまらなく、先生も厳しくてやめてしまったことを大人になって後悔し一念発起してピアノを再開されてからは、気ままに好きな曲を弾いて愉しんでおられるとのことでした。
もともとは生徒さんのご紹介で知り合い、4歳の娘さんのピアノレッスンだけを、とのお話でしたが、ほどなくしてお父様であるSさんもレッスンを希望されたためレッスン日は週末の夕方になりました。
今でも移動中に空が夕陽で赤く染まるのを見るとき、Sさんとのレッスンを思い出すことがあります。
お部屋のビューイングの時、夕陽が綺麗だったからここに決めた、と話しておられたSさん。ピアノレッスンの時間はたいていお部屋の窓は夕陽でオレンジ色に燃えているようでした。
今はもう、そのコンドミニアムはなく、敷地には別の高層コンドミニアムが建っています。
独学のピアノ練習では解決法がわからないことがある
レッスンを開始するとまずSさんは、以前から弾いてみたい憧れの曲の数曲のうちの一曲を自力で弾いたけれども、どうしてもしっくりいかない箇所があるので確認して直してほしいという事でした。ショパンのワルツの一曲です。
当時はまだインターネットが普及する前。YouTubeもありません。楽譜の読み方を知らないSさんがどのようにしてショパンを練習したのか方法を尋ねると、CDで曲を小分けにして聴きながらピアノで音を出して正しい音を一つ一つ探っていったとのこと。
何ということでしょう!想像を絶するような気の遠くなる作業だったに違いありません。びっくりして思わず息を飲んでしまいました。
私はSさんのお話を伺いながらピアノへの情熱と桁外れな努力に胸を打たれつつ、もうそんな大変な廻り道は絶対にさせない、と指導者としての責任感が満ちてくるのを強く感じながら、さぁ何から始めようかしら?と、頭の中でのレッスンの組み立て作業を忙しく開始させていたことを覚えています。
教えてもらうとこんなに簡単なんですね!
今まで独学でショパンを練習してきたSさんには楽譜に書いていない指使いの決定法やスラーの仕方、指かぶせ、指くぐりのコツへの疑問があるようでした。なるほど。このあたりはCDで音を聴いて想像しただけではわからない領域であり、現在でもYouTubeを見ても詳細や正解は不明です。こんなときこそ指導のプロの出番です。
早急にSさんの問題をクリアし、併せて細かい音のミス、ダブルシャープの漏れ、などの訂正をしたところ、長年の疑問が一気に氷解したと驚かれて、そうなんですねー!と笑いながら大きな拍手。
キッチンにいた奥様は音の違いにすぐに気がつかれて走り寄ってこられ、やはり同じように、そうなんですねー!の合唱。
私は一歩遅れて、そうなんですよー!(笑)
ショパン演奏の夢の実現へ
Sさんがレッスンを開始されてから約半年後、当ピアノ教室では初めての発表会を開催することになりました。
Sさんの参加のご意向を伺うと、最初は4歳の娘さんの演奏を見守ることに専念されると仰っていましたが、せっかくの機会だから人前でショパンを演奏して、その緊張感も含めてシンガポール生活の思い出として体験してみたいと、最終的に参加を決意されました。
初めての発表会は音楽教室の一室でのこじんまりとした開催で、会場内は当ピアノ教室の生徒さんと保護者の方々だけのいわば「身内」ばかり。そんな事情もSさんのステージピアニストデビューへの前向きな気持ちを後押ししたようです。
発表会出演を決意されてからのSさんの努力はさらに加速。練習量に比例して演奏の内容にもさらに磨きがかかっていきました。
人前で演奏することが日を追うごとにリアルに感じられるようになってからは、ミスしないことよりも自分らしい演奏を目指すことへと気持ちをシフトして一音一音の響きを丁寧に研究しておられました。
自分だけの音を極めていく。このあたりの感覚は経験者のみぞ知る、です。
発表会でのピアニストデビューで開けた世界
人前で弾くなんて、そんなそんな。。。
人前で演奏するなんて、よっぽど自信がある人か、よっぽど出好きの人だけでしょう?
私はそんなの恥ずかしいから絶対できない。
そうでしょうか?
一昔前と違い、今は個人が日常のプライベートな出来事をSNSで発信する時代です。
日記を他人に公開するなんて昭和の頃には想像すらできなかったことです。
音楽は人と人とを繋ぐ、言葉を超えたコミニュケーション。一人でひっそり弾いているだけでは寂し過ぎます。
コミニュケーションに上手、下手のジャッジは存在しませんが、もしその土俵でしか音楽を感じることができないのだとしたら、聴く立場としては音楽の本質を理解できていないことになり、奏でる立場としては音楽の楽しみを味わい尽くしていないことになります。もったいないと思いませんか?
Sさんは初めての発表会の経験で突き抜けて、ピアノを奏でる喜びをさらに開花かせ、その後会場が日本人会に移ってからも毎年発表会に参加され、計5回ステージでの演奏を経験されました。
演奏はショパンだけにとどまらず、最後の発表会では坂本龍一の曲にも挑戦され、堂々した風格を漂わせた演奏を披露されました。
本番で弾いている途中でわからなくなって、また最初から弾きます!と会場に宣言して観客席に笑いを巻き起こしたり、暗譜はしているもののふと不安になり、本番前に座席で音を確認しようとしたところ、譜面を持ってくるのを忘れていたのに気がつき、急いで取りに帰ってギリギリ本番に間に合った、というハプニングを自ら演奏後に暴露して喝采を浴びるなど、お人柄が滲み出るいくつかの輝かしい「お笑い伝説(笑)」を残し、シンガポールを後にされました。
当ピアノ教室の発表会は今年24回目を迎えます。アットホームな雰囲気に定評があり、最後の全員合唱では生徒さんのお友達が一緒にステージに上がることもあります。
2020年、シンガポールの日本人ピアノ教室発表会の最多開催数更新へ
発表会のカラーは主催者だけで作れるものではなく、出演者、保護者の方々と一緒に作り上げていくもので、現在の発表会は歴代の生徒さん達、保護者の方々と作り上げてきた土台の上に成り立っています。
そう考えたとき、私は当ピアノ教室の発表会の現在の会場とステージが一体となった温かい雰囲気作りの一端を担って下さった、
【当ピアノ教室発表会に初出演の大人ピアノレッスン生Sさん】に対して改めて感謝の念が湧き上がってくるのを感じます。
Sさんは男性なので、細かい心情などを語ることは一切ありませんでしたが、毎回発表会が終わると汗びっしょりになりながら「いやー、緊張しましたー、でも楽しかったので来年もまたやります!」と明るく話してくださった声が今も耳に残っています。
Sさん、シンガポールに出張されることがありますか?
この次は当ピアノ教室レジェンドとしてゲスト演奏を披露して下さいね。楽しみにお待ちしています!