こんにちは。
シンガポールの出張ピアノ教室
fairy wish creation
塚越 則子(つかごし のりこ)です。

 

 

1992年来星、シンガポールPR(永住権保有者)です。

 

 

まきちゃんは、私がシンガポールに来て1番最初に指導した生徒さんのうちの1人です。

 

 

まきちゃん、なっちゃん姉妹とのレッスンから私の「シンガポール初の日本人のピアノの先生」の歴史が始まりました。

 

 

私がまだシンガポールの在住日本人若葉マークでGood wood Park Hotelのピアニストだった頃、演奏中お父様から「日本の方ですか?娘達にピアノを教えていただけませんか?」とお声かけいただいたのがご縁です。

 

 

ご家族はその時すでにシンガポール在住6年目。シンガポール生活ベテランの域に入っておられましたが日本人ピアニストに初めて会ったと驚いておられました。

 

 

当時はまだオーチャードにTAKASHIMAYA もなく、ISETANスコッツは古い映画館、IONの場所は、日曜日になるとフィリピン人のメイドさん達が集う広い原っぱでした。

 

 

 

 

 

携帯もなく、インターネットもなく、NHKも映らず、情報源は毎週月曜日、木曜日に発行されていた日本人向け新聞「星日報」と無料ペーパー「パルティ」のみ。

 

 

シンガポールがまだ今のような経済発展をとげる前ののどかな時代から現在までの間、ご紹介ベースで日本人駐在員のご家族を中心にご自宅に伺う出張ピアノレッスンをしてきて今年で29年目。気がついたらシンガポールで1番長い指導歴のピアノの先生になっていました。

 

 

いつまで、とか、何歳まで、とか全く考えたことは今までありませんでしたが、こんなにも長い間、異国の地でピアノ指導に携わることができるとは、自分の想像の範囲を遥かに超えています。折に触れ、今までご縁のあった方々への心から深い感謝の念を抱くとき、シンガポールでのピアノ指導者としての礎を築いてくださった、まきちゃんのご家族の事を当時のシンガポールの街並みを思い浮かべながら特別な感慨と共に思い出します。

 

 

 

 

 

出会った時の、まきちゃんは9歳。音楽好きのご一家のリビングには、ヤマハのベビーグランドがあり、時々お母様が演奏されているということでした。

 

 

まきちゃんは幼稚園年長さんからフルートを習っていて、ピアノにも興味が芽生えてきたため自己流で練習をしていたそうです。

 

 

大人しくて落ち着きがあり物静かなまきちゃんは音楽も優雅で優しい曲が好みで、モーツァルトやショパンに憧れていました。

 

 

ピアノレッスンを始めたのが小学3年でしたので理解も早く、真面目な性格も影響して熱心な練習をいつも欠かさず、几帳面な性格が奏でる一音、一音に現れていました。

 

 

 

 

ある日のレッスンでのこと。

まきちゃんの様子が少し違っていました。
ピアノの蓋を開き教本を広げて準備をするスピードが、いつもよりゆっくりなのです。
鍵盤に置いた指には弾くのをためらうような仕草もあります。

 

 

どうしたの???

 

 

私の頭の中では疑問の声がフォルテッシモで鳴り響いていましたが、まきちゃんは一生懸命何かを考えているようだったので黙って言葉を待っていると、しばらくして蚊の鳴くような声で

 

 

「せんせ、今日わたし、ピアニッシモ(ごく弱く、の音楽用語)で弾いていいですか?」

 

 

泣きたいのを堪えている様子です。
視線の先のリビングのはしっこには、ご家族が可愛がっているハムスターのケージがありました。

 

 

何か深い訳がありそうです。
どうしたの?お話訊いてもいい?まきちゃんはゆっくり語ってくれました。

 

 

ハムちゃんが元気がなくて心配で、音がうるさいと眠れないんじゃないかと思うからピアノの練習ができなくて、今日はレッスンだから弾かないといけないんだけれど、ハムちゃんに静かにおやすみしてもらいたいからピアニッシモで弾きたいと思っているんです。

 

 

 

そんな理由があったとは、、、何とも切ないです(涙)小さな胸を痛めてレッスンを前に、私にどうやって切り出そうかと1人で思い詰めていたに違いありません。

 

 

泣きたいのを懸命に我慢しているまきちゃんがたまらなくいじらしく感じられて、膝に揃えて置かれた手の上に私の手を重ねたことを覚えています。

 

 

 

私は思ったことを伝えました。

大丈夫だよ、まきちゃん♡ハムちゃんは、まきちゃんのピアノが聞けるからラッキーなんだよ。

 

 

やさしさに包まれて

 

 

ハムちゃんは毎日、まきちゃんのピアノの音を楽しみにして聞いてくれていたはずだから、急にピアノの音が聞こえなくなったら「まきちゃんどうしたのかな?」って心配してしまうかも知れないよ。

 

 

ハムちゃんは今、具合が悪いから余計にまきちゃんのピアノの音を聞いて元気になりたいって思ってるんじゃないかな?

 

 

いつピアノが聞こえてくるかな?って待ってるみたいだなぁって先生は思うよ。

 

 

ピアノを聞いて安心してもらおう!気持ちよくゆっくりおやすみしてもらおうよ。静か〜〜な曲がいいよね? まきちゃん、先生今日はピアニッシモの練習の日にしようかと思うんだけど、ハムちゃんはどんな曲が好きなんだろう?まきちゃん、選んであげてくれる?

 

 

話を終えると、まきちゃんの表情は一気に明るくなりました。

 

 

今まで弾いた曲の中から、まきちゃんが急いで選んだのは「人魚のうた」でした。
優しく、温かく、ゆっくり、丁寧に、まきちゃんらしい、まきちゃんだから出せる、まきちゃんだけの音色の、心を込めた思いやりに満ちた演奏でした。

 

 

 

 

 

 

次のレッスンの日、まきちゃんは何も言わなかったけれど、リビングのいつもの場所にハムちゃんのゲージはなく、それから2度と、まきちゃんの口からハムちゃんについて語られることはありませんでした。

 

 

ハムちゃんは、虹の橋を渡るとき、まきちゃんの優しいピアノの音に包まれて幸せな気持ちだったと信じています。

 

 

まきちゃんは今年38歳。
どんな素敵な女性になっているのでしょう。まきちゃんの周りは、いつも優しさに包まれて、温かいメロディがピアニッシモで流れていることでしょう。