こんにちは。
シンガポールの出張専門ピアノ教室
fairy wish creation
講師の塚越 則子(つかごし のりこ)です。
今日は、最近感じたことを綴ってみたいと思います。
お箸の持ち方とピアノ。
一見、何の関係もないように思えますが、長年にわたって身についた身体の使い方を見直すという点では、共通するものがあります。
そして、そこには物事を習うときの姿勢も表れます。
「できている」と「正しくできている」は違う
お箸で食べ物をつかむことができる
ピアノで曲を最後まで弾くことができる
確かに、目的は果たせているのかもしれません。
しかし、できることと、「適切な方法でできている」ことは、必ずしも同じではありません。
ピアノは、音符を追って曲を弾ければ、それで十分というわけでは決してありません。
指の使い方、手の形、力の抜き方、音の扱い方、表現…
一つひとつがバランスよく整っているからこそ、難しい曲にも対応でき、表現の幅も広がっていきます。
目先の結果だけを求めて基礎を省けば、いずれ壁にぶつかることもあります。
自分の癖を直すのは、簡単ではない
長年続けてきた、お箸の持ち方を変える。
慣れ親しんだピアノの弾き方を変える。
どちらも、頭で理解するだけでは直りません。
これまで無意識に行ってきた動作を意識し、繰り返し練習し、新しい動きとして身につけていく必要があります。
ところが、ここで一つの壁にぶつかることがあります。
「このやり方でもできるから」
「自分はこれで困っていないから」
「今さら直す必要はないから」
こうした考え方です。
もちろん、すべてを人の言う通りにする必要はありません。
しかし、何かを習うために専門家のもとへ来たのであれば、自分では気づいていない癖や、改善できる点があるかもしれないという視点は必要です。
自分のやり方を変えずに、結果だけを求める。
それでは、習う意味が薄れてしまいます。
指摘を受けたとき、どう向き合うか
ピアノのレッスンでは、指の使い方や手の形など、本人が気づいていない点を指摘することがあります。
そのとき、すぐに修正してみる人もいれば、慣れた方法に戻ってしまう人もいます。
違和感があるからといって、その指導が間違っているわけではありません。
長年の癖を変える途中だからこそ、弾きにくく感じることもあるのです。
もちろん、指導する側にも、なぜその方法が必要なのかを説明する責任があります。
そのうえで、まずは試してみる。
自分の感覚だけで判断せず、結果の違いを確かめてみる。
この積み重ねが、さらなる上達につながります。
指摘を受けることは、否定されることではありません。
今の自分を知り、より良い方法を身につける機会です。
これは、年齢に関係なく、何かを学ぶうえで欠かせない姿勢だと私は考えています。
習い事を通して身につくもの
ピアノを習うことは、曲を弾けるようになることだけが目的ではありません。
✅自分の癖に気づくこと。
✅すぐに結果が出なくても、必要な修正を続けること。
そして
✅自分とは異なる視点からの指摘に耳を傾けること。
こうした経験は、ピアノ以外の場面にもつながっていきます。
お箸の持ち方も、ピアノの弾き方も、本人が困っていなければ、それでよいという考え方もあるでしょう。
けれども、私は、「今できているから十分」と考えるのか、「もっと良い方法があるかもしれない」と考えるのか、その違いは小さくないと思っています。
何かを習うということは、知識や技術を得るだけでなく、自分自身のやり方を、謙虚に見直すことでもあります。
年齢を重ねても、新しいことを学び、自分を高め続ける。
大人レッスン生たちの持つ、そんな姿勢を、私自身も持ち続けていたいと思います。

どこよりも手厚く、きめ細やかなピアノ指導で、シンガポール在住日本人ご家族との信頼の絆を築いて35年。
頑張ることを楽しむ心を育てる
当ピアノ教室のレッスンは、ワンランク上の心と音楽を学ぶレッスンです。
ピアノを学ぶことを通して、これからの時代を生きるために必要な「人間力」を育てます。
当ピアノ教室は、300人以上の生徒さんたちを育て上げた経験を持つ、シンガポールで一番長い指導歴の日本人のピアノの先生が主宰している出張専門のピアノ教室です。





