こんにちは。
シンガポールの出張ピアノ教室
fairy wish creation 講師の
塚越 則子(つかごし のりこ)です。
当ピアノ教室では9月に入り、年に一度の発表会の練習が本格的に始まっています。
発表会の演奏に必要な心構えの一つに
最後まで丁寧に
ということがあります。演奏者としての顔も持つ私は「演奏の締め方」を大切に扱っています。最後の一音が消えるまで気を抜かないということですね。演奏を
聴いていただいている
という感謝の気持ちを持って
音でおもてなし
するイメージを持てれば、それは、それほど難しいことではありません。
当ピアノ教室のYちゃん(小学4年生)は、おもてなし上手の1人♬
演奏の最後の最後、お膝に手を置くまでの一連の流れの所作がとても丁寧で美しく、思わずうっとりします。
人前でのピアノ演奏は、テクニックが優れているかとか、難易度の高い曲を弾いているかとか、そんな表面的なことよりも
心がこもった
その子、その人らしさの感じられる演奏ができていることの方がずっと価値がある
私はそう思っています。なぜならば
音楽は心の芸術であり、音に心が宿ってこそ、はじめて音楽になる
からです。
音は見えない、触れられない領域の存在であるから、壊れやすいガラス細工を扱うように「慈しみを持って」「大事に」扱わなければならないと思っています。
衝撃だった「ある」一言。
まだ高校生の頃、普段のレッスンとは別に、有名な先生の公開クリニックを受講する機会に恵まれたことがありました。
ご指導いただくにも選抜オーディションがあるような、大変厳しいレッスンです。容赦なく「愛あるお叱り」を受けることでも定評がありました。いかにも昭和ですね……。
私は数日前から緊張のあまり、というより恐ろしくて、食事も満足に摂れませんでした。家族の前では平気なフリをしていましたけれど。。。
不安を打ち明けたところで心配をかけるだけだし、甘えても「結局演奏するのは自分なんだから、最後は1人でどうにかしないといけない」ことがわかっていたからです。
その日、全国から集まった「将来音楽で身を立てていく覚悟を持って、日々真剣にピアノに向き合っている学生」の中に、ひときわ自信たっぶりの優秀な受講生がいました。
幼い頃から何回かコンサートで同じ舞台を踏んだことのある、顔見知りの、ある地方都市に住んでいた「ピアノ一筋」といった真面目な女の子です。
公開クリニック本番で彼女が弾いた演奏は非の打ち所がなく、テクニックも完璧に聴こえました。
どんな褒め言葉をいただけるのだろうと固唾を飲んで見守っていると、先生は最初に
「あなたの演奏には命がありません」
とおっしゃいました。
その一言に、稲妻が身体を突き抜けたようなショックを受けたことを今でも鮮明に覚えています。
おかげで、自分自身がいただいていたお言葉が一気に飛んでしまったほどです(汗)
◉ 〇〇の部分を〇〇するように
◉ 〇〇は〇〇だから〇〇です
◉ 〇〇ができていませんよ。〇〇だからです。
このようなご指導は私たちは慣れっこです。具体的なご指摘であれば猛烈に練習しているうちに、きっといつかは克服できる日が来るでしょう。目指すゴールが明確だからです。だけど
命がないと言われたら?????
彼女はその後、親御さんが意地になり、見栄で海外の音大に留学をしたものの(業界あるある)、結局、ピアノから離れていったということを、何年かして風の噂で耳にしました。
先生は彼女の将来を潰したのでしょうか?
仰ったことは酷だったのでしょうか?
いいえ。私はそうは思いません。
ピアノ指導者として何百人も生徒さんを育ててきた今だからこそ、私にはわかります。
先生のお言葉は、確かに厳しかったけれど、先生は彼女に目覚めて欲しかったのだと。
プロを目指すのであれば、必ずいつかは「その現実」に直面しなくてはいけない。
どうせプライドを打ち砕かれるのならば若いうちの方が立ち直りが早いしチャンスは開ける
誰も言わないのならば私が。
そう。
先生は勇気を持って,自ら
嫌われ役を買って出たのです。
「努力する方向を間違えないでくださいね。」
先生はそうも伝えたかったのだと思います。
深い愛情ゆえです。
テクニックがどれだけ優れていても、心が伴っていなければ、人の胸を打つ、感情を揺さぶるような音楽を奏でることはできません。
心を込めた演奏をするには、まず自分の弾いている音がどんな音を出しているか、じっくり「聴く」ことから始まります。
弾くこと=指が動くことではなく
◉どういう音の強さを出そうか?
◉どういった音を出してみようか?
など、目指したい音をイメージしてみる事も大切です。
指もそれほど動かないし譜読みも速くはなくても、驚くほど音のきれいな生徒さんがいます。
感情を込められるのはピアノで歌うことができるからです。
そんな生徒さんは、ほんの少し会話をしてみるだけですぐにわかります。弾きながら曲のストーリーを想像していたり、音の色、曲の中での情景、感動するメロディーラインなどを考えていたり、イマジネーションが豊かなことに驚かされます。
ピアノを弾くだけではなく、普段の生活の中で 絵や写真や映画を観たり、本を読んだり、ピアノ以外の楽器を演奏したり聴く事も、抒情性豊かに感情を込めて弾けるための音楽的感性を磨く、欠かせない要素です。
「音でおもてなしをする感じね」と一言伝えただけでも、頭の中にイメージする内容は一人一人異なるでしょう。中には
え?????
といった表情で固まってしまう子もいます。
私が好んで例に出すストーリーがあります。
「おともだちがお家に遊びにきてくれた時、どうしているか思い出してごらん」
「おともだちが帰る時、玄関でお見送りをしたあと、すぐに目の前でバーンと音を立ててドアを閉めて、急いでロックをかけるかな?」
独りよがりにならないで。
「感情の赴くまま=自由な表現」
と勘違いしている人も多くいます。
ピアノ演奏には音で演じることで、どのような表現だと人にどういった心理的影響があるのかをひも解くための確立された理論があります。
音楽がそう聴こえるように効果的に聴衆に届ける手段が演奏なので、「感情の赴くまま」では単なる「独りよがり」の「自己陶酔」でしかありません。
だから相手を思いやる心が必要なのです。
最後に。
私は、当ピアノ教室のリトルピアニストたちに、音で優しさや思いやりを伝えられる音の親善大使になって、未来に羽ばたいてほしいと願いを込めてレッスンをしています。
頑張ることを楽しむ心を育てる
当ピアノ教室のレッスンは、新時代にふさわしい、ワンランク上の心と音楽を学ぶレッスンです。
ピアノを学ぶことを通して、これからの時代を生きるために必要な「人間力」を育てます。
当ピアノ教室は、シンガポールで最も長い指導歴を持つ日本人のピアノの先生が主宰している出張専門のピアノ教室です。
1992年来星。シンガポールPR(永住権)保有者。